命を大切にする国(石村)
私たちの住む日本には国民健康保険制度があり、病気にかかっても保険証を持って病院に行くと、少ない自己負担で医療の恩恵を被ることができます。私は2000年代初頭、フィリピンの首都マニラで三年間の学生生活を送りましたが、周りの学生たち、そして教師や職員の多くが、病気にかかっても病院に行こうとしませんでした。地元出身の学生に理由を尋ねると、医療費が高いから、とのこと。今調べてみるとフィリピンにも1990年代から国民健康保険制度があるようで、どういうことなのか理解しかねますが、制度はあっても未加入の人が多いと言うことかもしれません。件の学生からは、お金がないと病院では診てもらえないのだと聞かされました。そうした中、私の学んでいた学校の教師が、続いて職員がそうした理由で病院には行かず、我慢できなくなって病院に行ったら手遅れと判明、ということがありました。また寮の友人の一人がインフルエンザに罹患して、やはり病院に行かずベッドの上で数日堪えていましたがついに私の目の前で意識を失って倒れたことがあり、慌てて病院に担ぎ込んで「私はお金をもっていますからこの人を見てやってください」と言って診てもらったことも。
話は変わって、良く晴れたある日、友人と車道の高架橋に沿った道を歩いていると、高架橋の上を通過する自動車から手投げ弾が投げられ、今自分たちが曲がったばかりの角のあちら側で爆発したことがあります。いくと、貧しい身なりの親子が路上に倒れていました。これほど恐ろしいことがあったのだからどれほど大きなニュースになっていることかと翌日新聞を買って読んでみると、紙面の隅にわずかな記載があるのみ。新人民軍という反政府組織が犯行声明を出した、親子が死亡、と短く書いてあるだけで、大きなニュースになっていないのです。時々あることだからニュースにならない、とは地元民の言葉。他にも、在校生と親が殺されたり、学校前に別の人の遺体が遺棄されていたり、と続きます。わが日本を顧みて、なんと幾重にも命が守られている国なんだ、と感嘆しました。人が病気になったら病院に行くことができる、殺人がニュースになる。いずれも命を大切にしているからこそ。
石村修善
