光仙ばあさんの祠(ほこら)(石村)
東京都稲城市で暮らしていた時期に書いた文章です。
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雑木林に畑と民家の散在する散歩の道中、
「光仙ばあさんの祠(ほこら)」なるものがある。
そばに説明板が立っており、以下の由来が記されている。
「約300年前の宝暦年間に、全国修行の尼僧がこの地にも立ち寄ったが、たちの悪い風邪にかかり、倒れてしまった。
村人たちは小屋を建て世話をしたが、死んでしまい、丁寧に葬ったと言われる。
その後誰言うともなく、百日咳にかかった時にはこの祠にお茶をあげ、そのお茶を病人に飲ませると必ず咳が治ると言われるようになり、百日咳の神様と呼ばれるようになった。咳が治ったお礼に茶碗を備えるという風習が広まり、次第に祠の中に茶碗が増えていった。」
ばあさん、と名付けられたことから判断すると、
老いらくの全国行脚だったわけだ。
当然、旅に死ぬことは覚悟の上だったろう。
だとすると、住み慣れた家、肉親、友、
それら全てに今生の別れを告げて旅の空を仰いだのだ。
余程の事情がなければ、このような行動はとれまい。
近しい誰かを裏切った過去が重く苦しかったか。
こうでもしなければ正気を保てぬ程に世を儚(はかな)んだか。
ふるさとから遠く離れた草深い村で、
そして息を引き取るその瞬間に何を思ったのか。
考えさせられる話ではありますまいか。
石村修善
