金柑の木(石村)
私が小学四年生の時、親に頼んで金柑(きんかん)の木の苗を買ってもらい、庭に植えた。当時の私には、食べることのできる実のなる木が庭にあることに対する憧れがあり、またそれはアゲハチョウ類が産卵しにくることから柑橘系の木がよかったのだが、おそらくミカンは木が大きくなりすぎるという理由で親の反対に遭い、あまり大きく育たないと思われた、しかしながらあまり食欲をそそらない、しかも生る実の小さな金柑になった。それでもアゲハが産卵する、その先には幼虫を観察することが出来る、そして食べることができる実のなる木を植えたことは嬉しかった。当初は私が水をやっていたような気もするが、すぐにほったらかしとなった。それでも木は年々、途中に家の改築工事とそれに伴う植え替えはあったが、少しずつ成長していった。私の願い通り、緑色をしたアゲハチョウの幼虫がむしゃむしゃと葉を食べる姿を毎年のように見ることもできた。
さて時は流れ、私が就職したころだったか、はたまた30代にはいってからだったのか今となっては判然としないのだが、とにかく成人した私が久しぶりに帰省して件の金柑の木を見ると、夏の盛り、幹にセミの抜け殻がついているのが目に入った。この木で目にするのは初めてのことだった。
苗を植えてから幾年か過ぎたころ、セミがとまるほどの太さに成長したこの木に産卵した親ゼミがいたのだろう。そして樹皮で孵化した小さな幼虫は幹を伝って地中に潜り、根の栄養を吸い、羽化までの数年間、居場所と栄養の全てを私の植えた苗に依存してきたということだ。私は戸惑いを覚えた。責任を負う覚悟がないにも関わらず、図らずしもセミにとっての全世界を作り、寄りかかられてしまったことに。絡みついたものを振りほどきたいような思いに駆られた。
今私には妻がいて幼い子等がいる。働いてこの子達に衣食住を提供し、彼らに理解できる形の愛情を示して感情の落ち着きを与え、心も体も健やかに育てと願って様々な働きかけを行っている。かつてのセミに対してと同じことを、いやそれ以上のことを行っているはずだが、今回は戸惑いはない。
何という話でもないのではあるが、この間の自らの心境の変化が印象に残ったので、ここに書き留めておくのである。
石村修善
金柑の木(石村)
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